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政策としての地方創生

国土形成計画、都市計画などの土地利用に関する計画、行財政に関する中長期計画などを筆頭に国や地方公共団体が主体となる計画には多種多様なものが存在する。計画行政(Planning Administration)とは政府・公共部門のみならず民間部門における計画管理をも含む概念であるが、今日では政府・公共部門における計画の役割は著しく増大し、福祉、環境、エネルギーなどあらゆる行政分野に数多くの計画が存在している。計画に基づく行政のメリットとして、計画策定プロセスにおける科学的分析に基づく目標設定や他の計画体系、政策体系との整合性の確保、策定プロセスにおける住民参加手法の活用、実施プロセスにおけるPDCAPlan-Do-Check-Action)サイクルの確保などがある。一方で計画の策定には多大な労力と時間が必要であり、新規に策定すべき計画が次々と追加される一方で、様々な既存計画の改定が定期的に求められるため、地方公共団体では計画の策定や改定に多大な人員と予算が投入されている。筆者らが実施した市町村へのアンケート調査結果においても、地方創生政策をチャンスと捉える一方で、事務作業に忙殺されたという回答が一定数を占めていることからもこのことが伺える。言うまでもなく計画行政の真の目的は計画に基づく行政の実施による政策目標の実現であるが、計画策定に多大なエネルギーが費やされ、その後の実施にはあまり関心が寄せられないという本末転倒の事態も起こりうる。国が何らかの計画策定を地方公共団体に求める場合は、地方分権改革の一環としての計画構想等の義務付けの原則廃止の流れを踏まえつつ、その必要性を明らかにした上で計画行政のメリットを引き出すことの出来る場合に限られるべきである。地方創生という政策目標の実現のために、地方公共団体に対して地方創生総合戦略の策定を求めた今回の一連の政策プロセスが、国の政策手段として有効であったか否かは、今後の検証において考察されるべき事項である。

 

国が地方公共団体に計画策定を求める理由として、国際条約や国の計画などの上位計画との整合性の確保の必要性が存在する場合がある。この場合の計画策定は、国と地方の政策の方向性を一致させるために必要な手段といえる。一方でこのような必要性がない場合にも、今回のように国が政策目的を実現するために地方公共団体に計画策定を求め、その計画に基づく事業実施に対して財政支援等のインセンティブを与えるという手法がある。総合特区や構造改革特区、地域再生、中心市街地活性化など地域活性化を目的とした一連の政策はこの手法を活用して進められてきた。地方創生がそうであるように、近年において地域経済や地方都市の活性化はその地域のみならず国の政策としても重要な位置付けを持つものである。一方で各省庁は地域経済や街づくりの状況についての情報をつぶさに把握する手段を持たない。法制度や予算を主たる政策手段とする各省庁が、具体のプロジェクト企画や関係者の説得や巻き込み、住民との協働といった言わば泥臭い仕事が不可欠な地域振興の現場を担うことも困難であろう。また限られた予算を配分するにあたり応募方式で全国の地方公共団体で発案されたプロジェクトの優劣を国が直接決めることは、現場の情報が乏しく実務的なノウハウを有しない各省庁にとって難しいと言わざるを得ない。重要な地域振興に関連する政策を進めるための唯一無二の手段として、地方公共団体への計画策定の要請とそれに対するインセンティブの付与という政策手法が用いられているのではないか。

 

地方公共団体に計画を策定させ、それに位置付けられた事業にインセンティブを与えるという政策手法は、地方公共団体の創意工夫によるプロジェクトを実現する手助けとなり、またKPIという科学的分析に基づく政策目標の設定やPDCAサイクルの実施など地方公共団体の政策立案、行政実施に関する能力を向上させるという副次的効果を生むものであることは事実であろう。アンケート調査結果でもKPIの設定は必要だとする回答が多く総合戦略策定をきっかけとしてこれが進んだことが分かる。しかし一方で国からの自由度が高まったという認識は見られず、逆に地方の声は国に届きにくくなっているという回答も多かった。

地方のことは地方に任せるという視点は地方分権時代においてもはや当然とも言えるが、経済や人口など地方公共団体や地域の取り組みのみでは解決することが困難な課題について、国の役割を計画の審査とインセンティブを与えることのみに特化し、具体の取り組みを地方公共団体のみに委ねることは、重要課題に対する国の政策責任を限定し、地方公共団体に過剰な政策責任を課するという点で問題であると言わざるを得ない。各地方公共団体が策定した総合戦略に基づき実施する事業の評価は今後実施されていくであろう。しかし国の政策としての地方創生については、別個の視点での評価が必要であることに留意する必要がある。

 

[2019年政治学会報告論文より]