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首長リーダーシップの形

1 2000年代における自治体リーダーの変化

 実務家としてこれまで 4 つの自治体で 5 人のトップリーダーと仕事をしてきました。佐賀県では三回にわたって延べ 7 年半仕事をしました。その間知事が交代したため新知事のもと約 2 年半、政策マネジメント、職員評価、公約達成度の市民への周知などの仕組みづくりを行いました。この経験から2000 年代における地方自治体、特に都道府県におけるリーダーシップの変化についてお話しします。

 1990年代から2000年代にかけて都道府県のマネジメントの手法が変わり、それが市町村に広がっていきました。それには政治的な背景があります。地方、特に都道府県の首長選挙には、国政レベルの対立が持ち込まれないのが通常でした。日本では地方に堅固な保守地盤があり、そこで当選した議員によって政党色は薄いが安定した基盤の政権運営ができる選挙が繰り返されてきました。政党に属さない保守系のリーダーです。このような状況だとトップを選ぶ選挙は激しい選挙ではなく、保守系の候補が安定して当選することになります。公約もスローガンのようなもので総花的になります。一方、住民は選挙後の行政の進め方や結果に関心がなくなります。このような状況から2000年代に入っていくつかの変化が出てきました。1つ目は英国から取り入れたローカル・マニフェスト運動です。財源や期限を明らかにした具体的な政策項目を有権者に約束するものです。2 つ目は保守組織の弱体化です。これにより保守系の候補が 2 人以上立候補する選挙が見られるようになりました。3 つ目は財政状況です。日本では1990年代後半から財政状況が急激に悪化してきました。地方自治体の財政状況も悪化の一途をたどり2000年代に入って顕著になってきました。従前のリーダーはあれもこれもと出来ていたのですが、財源が厳しくなると選択を迫られるようになってきました。4 つ目は住民の意識の変化です。いくつかの都道府県で住民の監視組織が不正経理を明らかにしました。これを契機に行政に対する住民の視線が厳しくなっていきました。予算編成や政策決定過程まで住民に明らかにするよう求めた訴訟も多く見られるようになりました。首長のローカル・マニフェストは本当にできるのか、職員は実行してくれるのか。検証は誰もしていないので当選後に政治的リスクが顕在化します。首長になった時点ですでに住民に対して個別の政策項目とその結果を約束しており、最初から個々の政策の結果責任を負った状態になっています。一方で住民の視線が厳しくなり内部の決定プロセスや行政手法についても説明責任が求められるようになったことから、説明責任によるリーダーシップへ転換せざるを得なかったということです。

 

2 リーダーシップのための新たな手法

 このような状況にあわせて、日本の自治体には政策マネジメントのための新しいツールが導入されました。まず行政評価です。政策の説明責任効果に加えて、目標値を首長のマニフェストと連動させることでマニフェストを早期に実施する効果があります。また評価値が低い事業を廃止する場合の政治的ダメージの軽減効果もあると考えます。つぎに公会計です。現在ではほとんどの自治体で公会計の財務諸表が公開されています。民間部門の仕組みを導入して住民に財政状況を説明するもので、地方自治体の財政状況を住民が理解すること、説明責任を負っているという自覚を職員に促すことに貢献しています。3つ目は人事評価です。職員の評価にも説明責任が求められるようになります。目標に対する貢献を評価して昇進させる仕組みが必要になります。この目標を行政評価と連動させ、一定の業績を上げた人を昇進させることができるようになります。最後が情報公開です。自治体でもディスクロージャーが進んできました。ディスクロージャーにより説明責任が担保されます。このようなツールを政策決定のプロセスに組み込んでいくと、首長はマニフェストに掲げた政策目標を自治体内部の行政評価目標や人事目標にセッティングし、その結果をマネジメントすれば、政策と組織のマネジメントが連動してできるようになります。

 

3 検証の必要性と今後の展望

 この動きは全国の都道府県と多くの市町村で導入されるようになりました。リーダーシップの形態においてもソツのない近代的なリーダーが増えています。そのようなリーダーが現れて10 数年経ったので、検証と今後の課題を明らかにしていく必要があります。私はこのリーダーシップの形態は永続的なものとは考えていません。理由として、1 つ目に住民による監視の限界があります。行政情報や内部のプロセスの公開は進んできました。またオープンデータの取り組みも進んでいます。しかし住民のチェックが自治体のマネジメントサイクルを加速させる決定的な力にはなっていません。公開は進みましたがそれに関心を持つ人はごく一部にすぎません。選挙で具体的な公約を示して住民の関心を得ても当選後に関心を持つ人が少なくなれば、有権者に良く見える公約を掲げた候補者が当選しやすいという傾向が出てきます。絵に描いた餅になってしまいます。マニフェストも従来型に戻りつつあるような印象があります。2つ目は日本の地方自治体のトップリーダーは、政治家としての側面と行政の長としての側面を持っ ていることです。2000年代のリーダーは行政の長としての側面が強くなり政策と組織マネジメントで評価される首長が多くなってきています。一方で首長には、どれだけ多くの人を巻き込むか、ど    れだけ多くの人を説得して納得してもらうか、あるいは少数者の声を実現するかという役割が求められています。こういう役割は低くなってきており、政治の行政化、すなわち政治家が行政マンになってきているという課題があります。3つ目は、少子高齢化と生産年齢の減少が進み、厳しい財政状況のなかで行政機関のみによるサー ビス提供は不可能となり市民協働が不可避となっていることです。若者が減った農山村地域では、お年寄りの見守りや買物サービスなどの需要が起きています。市役所の職員だけでは人手が足りないし、コスト的にも余裕がありません。そうすると町内会のような地縁団体にサービスをしてもらうしかありません。都市部でも、介護や子育て支援において、行政だけではサービスを提供できない状況となっています。リーダーには、行政が実施する政策のマネジメントだけでなく、市民によって提供されるサービスを含めた住民の必要とするサービスを提供していく視点が求められます。より大きなリーダーシップが必要になっているということです。

 ともに仕事をしたことのある札幌市の上田文雄市長のキーワードは唯一「市民自治」でした。市役所の職員には「職員の仕事の結果は市民に反映される。しかし職員が負うべきリスクは本当は市民が負うべきリスクなのだから、全部負う必要はないし負えないだろう。だから悪い情報こそ市民に早めに出して共有しないと、一緒に解決することができないのだから、それをちゃんとやろう。」といつも話していました。説明責任やディスクロージャーよりも、納得感を持って職員に受け入れられていました。また 議員や市民には、「市役所と市民との関係は、求める、求められるの関係ではない。高齢化が進むなか お金はこれだけしかないがともに考え悩んでいこう、市役所はこういうことができるが市民は何をするべきか、何ができるのかを市民に考えてもらおう。」と語りかけていました。行政機関と市民は、信任の関係だけでなく、これからはコラボレーションをしていかざるを得ない状況になっています。このときリーダーに求められるのは総合マネジメントです。わりやすい理念で社会を引っ張っていく理念型リーダーが求められています。

 

[2017年シンポジウム発表より]