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苦難を超えた変化

スタニスラフ・ブーニンのリサイタルに行ってきた。かつてショパンコンクールで華々しいデビューを飾り日本でも人気が高かったピアニスト。その後、病気と脚の部分切断という苦難に見舞われ表舞台から姿を消していた。

 

長いブランクから再び動き出したブーニンを特集したテレビ番組を見たのは1年ほど前だっただろうか。そのテレビ番組をきっかけに再び本格的な演奏活動を始めたというブーニン。華々しい時代のブーニンの音楽を生で聴いたことは無かったが、今の演奏はどうしても生で聴きたかった。

 

透き通った美しい音色はかつてのままであったが、良い意味で全く違う音楽になっていた。曲目はショパンとシューマンの楽曲だったが、明らかにシューマンの方が良かった。もはやかつてのショパンのブーニンではなく、新しいブーニンに出会ったような感覚。華々しさではなく、心に直接ゆっくりと、優しく響くピアノ。若い頃の音楽よりもずっと良いと思ったのは私だけではないのだろう。会場は大喝采だった。

 

身体的や経済的苦難に遭遇した芸術家がその後偉大な作品を世に残した例はベートーヴェンなど多々存在するが、ブーニンもまた苦難を超えて新しい境地に辿り着こうとしているように見えた。

 

長い人生はその時期によって生み出すことができるものが異なる。ブーニンの演奏を聴いていて、一見逆境と思えることがそれを助けているのは明らかだった。苦難に出会ったからこそ生み出せるものがある。

 

苦難の程度は比べるべくもないが、願わくは自分自身も、かつてとは違うものを生み出すことが出来るようになりたいと思う。