選挙は、有権者の代表として公職に就く人物を選び、政治権力を行使する者を民主的に決定するための制度である。すなわちそれは、主権者である国民が政治の担い手を決め、間接的に社会の方向を導くための民主主義の基礎となる仕組みだ。しかし近年、その選挙のあり方が、性格を変えつつあるように見える。
不祥事後に行われる出直し選挙や、支持率低下時に実施される「信を問う解散」は、制度としては認められており、一概に否定されるものではない。ただ、政治権力を持つ側が、政治的に困難な局面を打開する手段として選挙が行われる場面が増えていることも事実である。選挙が有権者による選択の場であると同時に、政治家にとっての戦略的な選択肢の一つになっているという現実は、選挙制度が持つ役割の変化を示しているとも言える。
今回実施が決まった大阪府知事・大阪市長のダブル選挙も、その文脈で捉えることができる。大阪では、これまで二度にわたって都構想が住民投票で否決されてきた。それにもかかわらず、再び出直し選挙という形でこの構想を争点化することは、異なる政治環境のもとで民意を再確認しようという政治戦略の一環である。衆議院解散・総選挙と同日に自ら辞職して首長選挙を重ねることで、投票率の上昇が見込まれるという利点がある一方で、地方政治の一つの争点が国政選択の大きな流れの中で評価されることになるという側面を持つ。
重要なのは、その目的や位置づけが有権者にどのように説明され、どの程度理解されるかである。衆議院選挙は政権選択の性格を有する。有権者は、国政を委ねる議員と政党に加え、自治体首長の選択、そして都構想の評価を一度に行うことを求められることになる。
選挙の本来の役割は個別政策の判断ではない。加えて民主主義において選挙は、政治参加の最も基本的な形であると同時に、有権者が、自らが政治の当事者であることを確認する機会でもある。目的が曖昧なままに投票行動を求められることが増えることで、政治参加の実感が薄れ、政治への距離感が広がることが懸念される。当事者としての感覚が薄れた投票行動は、溢れる情報の中で、より感情的なものとなりやすい。目的が分かりにくい選挙が繰り返されるならば、本来の役割が軽くなり、選挙制度そのものへの信頼に影響を及ぼすことになるだろう。
選挙は、政治家が自らの正当性を確認するための手段である以前に、有権者が政治を評価し、将来の方向を選び取るための制度である。大阪のダブル選挙は、選挙という制度が誰のための仕組みであり、どのような形で用いられるべきなのかという基本的な問いを、あらためて投げかけている。