現代社会は、人口減少、経済構造の変化、価値観の多様化、さらには技術革新の進展といった複合的な変化の中にある。これらの変化は、社会を支える制度の前提条件そのものを大きく変容させている。しかしながら、現実の制度は必ずしもこうした変化に十分に適応しておらず、制度疲労や機能不全といった現象が各所で顕在化している。
従来から社会は法、行政、経済など多様な分野の制度の組み合わせによって運営されてきた。これらの制度は、一定の安定性を前提として設計され、社会の秩序を維持する役割を果たしてきた。しかし、環境変化の速度と規模が増大する中で、この安定性自体が制度の適応を阻害する要因となりつつある。
このような状況を理解する上で、制度理論は重要な分析枠組みを提供してきた。制度理論は単一の理論体系ではなく、社会学、経済学、政治学、組織論など複数の領域にまたがって発展してきたものである。
社会学的制度論は、制度を単なる法的ルールとしてではなく、人々や組織の行動を方向づける規範や価値、さらには認知的枠組みとして捉える。Scottが示したように、制度は規制的支柱、規範的支柱、認知的支柱によって支えられており、その安定性は法的強制のみならず、社会的妥当性や当然視された認識によって維持される。こうした視点は、なぜ同種の組織が類似した行動様式をとるのか、また制度がどのように社会に埋め込まれているのかを説明する上で有効である。
一方、経済学的な制度論においては、制度は人々の相互作用を構造化する「ゲームのルール」として理解される。Northが指摘するように、制度は不確実性を低減し、取引費用を抑制する役割を果たすとともに、インセンティブ構造を形成することによって経済行動や政策選択に影響を与える。制度は単なる背景条件ではなく、経済活動や政策過程の結果を左右する基本的な枠組みである。
さらに、歴史的制度論は、制度の形成と変化の過程における時間的連続性に着目し、経路依存の概念を提示した。制度は一度形成されると、利害関係、組織構造、運用慣行、社会的認識と結びつくことにより、容易には変更されない。このため、社会環境が大きく変化しても、既存制度がそれに適応できず、不整合が生じることがある。
制度理論は、制度がどのように人々や組織の行動を規定するのか、またなぜ制度が安定し、変化しにくいのかを説明する上で大きな成果を挙げてきた。しかしながら、これらの理論は主として制度の構造や機能、変化の条件を分析する枠組みとして発展してきたものである。制度をどのように継続的に点検し、見直し、更新していくかという実践的な課題については、必ずしも十分に体系化されているとは言えない。
現実の政策形成においては、制度は設計されるだけで完結するものではない。制度は現場において実装され、運用される。そしてその結果は評価され、その評価に基づいて見直しが行われるというプロセスを経る必要がある。しかし、この一連の過程は多くの場合分断されており、制度の設計と運用、評価と見直しは十分に接続されていないのが現状だ。その結果、制度は環境変化に適応できず、課題が累積していく。
こうした問題に向かっていくためには制度を個別のルールや仕組みとしてではなく、それらが相互に関係しながら機能する全体構造として理解する視点が必要となる。すなわち、社会制度、公共政策、行政体制、財政、人的資源、情報技術・・。さらにはその実装及び運用を含めた社会システムとして捉えていく必要があるのではないか。
この視点に立てば、制度の問題は個別制度の欠陥としてではなく、制度間の関係、運用のあり方、意思決定構造、評価の仕組みなどを含めた構造的な問題として把握される。また、制度を設計だけでなく、実装、評価、見直しを含めた一体的なプロセスとして捉えることが可能となる。
制度理論は、制度の構造や機能を理解するための出発点として、今後も重要な役割を果たし続ける。しかし、環境変化が常態化する現代においては、その知見を基盤としつつ、制度を継続的に点検し、更新していくための視点を取り入れることが不可欠である。
制度が社会環境の変化に適応し続けるためには、制度の設計と運用、評価と見直しを結びつける枠組みを構築する必要がある。社会システムの視点から、制度の理解と政策形成のあり方を考えることが、これからの社会において重要な課題となる。