景観という言葉は、ともすれば建築物の外観、まちなみの美しさ、広告物の規制といった問題として理解されやすい。しかし、景観は単なる視覚的な美観ではない。そこには、土地の使われ方、公共空間の管理、農地や森林の維持、地域住民の日常的な活動、様々な法制度の運用が重なり合っている。
美しい農村景観は、自然に存在しているわけではない。草刈り、水路管理、農道の維持、ため池の管理、里山の手入れといった日常的な管理活動の積み重ねによって維持されている。都市景観も同様である。建築物のデザインだけでなく、道路、空地、緑地、広告物、公共施設、土地利用のあり方が相互に作用することで、都市の景観は形成される。
景観とは地域社会の状態が空間に表れたものである。景観の変化は、単にまちなみが変わることではなく、地域社会を支えてきた制度や管理機能が変化していることの表れでもある。
戦後日本の都市政策は、人口増加と経済成長を前提として形成されてきた。都市計画、住宅政策、公共施設整備、インフラ整備などの多くは、拡大する都市をどのように整序するかという課題に対応する制度として発展してきた。
景観政策もまた、この成長社会の中で形成されてきた。建築物の高さ、形態、色彩、配置、屋外広告物などを調整し、新たな建築行為や開発行為を周辺景観に調和させることが主要な課題であった。言い換えれば、従来の景観政策は「何が建てられるか」「それをどのように整えるか」を中心に構築されてきた。
このような制度は、人口が増え、建築更新や開発が継続的に行われる社会では有効に機能しやすい。都市が拡大し、建築物が建て替わり、新たな施設が整備される局面では、景観誘導の中心は新たに生じる空間変化への対応となる。
しかし、人口減少社会では、景観を取り巻く条件そのものが変化している。問題は、新たに何が建てられるかだけではない。むしろ、これまで使われていた空間が使われなくなること、管理されていた空間が管理されなくなることが、景観を大きく変化させる。
空き家、空き地、低未利用地、耕作放棄地、管理されない里山や森林は、積極的な開発行為によって生じるものではない。土地利用需要の縮小、地域管理主体の減少、所有者不明化、農業や地域活動の担い手不足などによって生じる。ここに、成長社会型の景観制度と人口減少社会の現実とのずれがある。
人口減少社会において最も重要な変化の一つは、景観を支えてきた地域管理機能の弱体化である。
農村景観を例にとれば、それは単に農地や集落が存在することで維持されるものではない。農地が耕作され、水路が管理され、農道やため池が維持され、里山が手入れされることによって、農村景観は保たれている。これらは景観政策として行われることは稀であり、むしろ、農業生産や地域生活の一部として行われてきた日常的な活動である。
しかし、人口減少と高齢化により、こうした活動の担い手は減少している。地域の共同作業を担う人が少なくなり、農地や水路を管理する人が減り、空き家や空き地を手入れする所有者も不在化していく。制度上は景観保全の仕組みがあっても、それを支える主体が弱体化すれば、景観は維持されない。
この問題は、単に景観基準を厳しくすれば解決できるものではない。建築物の色彩や形態を規制しても、草刈りをする主体、水路を維持する主体、空き家を管理する主体が失われれば、地域景観は荒れていく。このような状況下での景観政策は、見え方を整える政策であると同時に、地域空間を誰が維持するのかという問題を含めざるを得ない。
景観政策のもう一つの課題は、制度の分断である。
現実の空間は、都市、農村、森林、道路、河川、住宅地、産業施設が連続し、重なり合いながら存在している。ところが制度は、都市計画制度、農地制度、森林保全制度、景観制度、環境保全制度などに分かれている。それぞれの制度は異なる目的を持ち、異なる行政分野によって運用される。
この制度分化には合理性がある。都市部と農村部、森林地域では、目的はもちろん、必要とされる規制や管理の手法も異なるからである。しかし、人口減少社会では、この分断がより大きな問題として現れる。
住宅地や農地に対する需要が縮小し、空き家、空き地、耕作放棄地が増加する。他方では、物流施設、再生可能エネルギー施設、資材置場、データセンターなど、新たな土地利用需要が郊外部や市街化調整区域に生じる。これらは景観上の問題であると同時に、土地利用、交通、環境、地域経済、農地保全の問題でもある。
たとえば、市街化調整区域に大規模な物流施設が立地する場合、それは建築物の色彩や外構だけの問題ではない。都市計画上の開発許可、農地転用、周辺交通、農村景観、山並み景観、緑地との連続性など、多くの要素が関係する。しかし制度が個別に運用され、地域全体の空間秩序や将来像という観点からの検討が十分に行われない場合がある。
制度は個々に存在しているが、空間は統合されたものとして存在している。このずれをどう埋めるかが、人口減少社会における景観政策の重要な課題である。
これからの景観政策は、単なるデザイン誘導にとどまるべきではない。もちろん、建築物や屋外広告物の形態、色彩、配置を誘導することは今後も重要である。しかし、それだけでは人口減少社会における景観変化には対応できない。
必要なのは、景観政策を空間管理政策として位置付け直すことである。景観を、土地利用、自然環境、地域管理活動、行政制度が相互に作用した結果として捉える必要がある。どの景観を維持するのか。どの土地利用の変化を受け入れるのか。どの空間を再編するのか。誰がその管理を担うのか。こうした問いに答えることが、これからの景観政策に求められる。
そのためには、景観制度と土地利用制度を接続する必要がある。都市計画、農地、森林、景観、環境保全、地域活動支援を個別に扱うのではなく、地域空間の将来像を共有しながら運用することが必要である。また、従来の地域共同体だけに依存するのではなく、行政、住民、土地所有者、事業者、専門家がどのように役割分担するのかを再設計する必要がある。
人口減少社会における景観政策は、規制を強化するか緩和するかという単純な問題ではない。それは、縮小する土地利用需要と新たな土地利用需要が同時に生じる中で、地域空間をどのように維持し、変化をどのように受け入れ、何を将来に継承するのかを判断する政策である。
景観は、地域社会の状態を空間に映し出す。景観の荒廃は、単に見た目の問題ではない。それは、土地利用、管理主体、制度運用、地域経済、人口構造の変化が空間に現れた結果である。
この意味で、景観政策は、人口減少社会における制度適応の試金石である。成長社会を前提に形成された制度を、人口減少と高齢化の進行する社会にどのように適応させるのか。個別制度の積み重ねを、地域空間の将来像に向けてどのように接続するのか。地域管理機能が弱体化する中で、誰が空間を維持し、誰が変化を引き受けるのか。
これらは景観政策に固有の課題であると同時に、人口減少社会における社会システム全体の課題でもある。